Pharmaceutical Journal 

NO-bel Prize

 1998年のノーベル生理学医学賞は『一酸化窒素の生体内作用の発見』に貢献した3名の研究者に与えられた。参考までに簡単に解説すると、一酸化窒素(NO)は非常に単純な物質であり、通常はガスとして存在する。その単純な物質が様々な作用をもって生体内を制御していることが発見されたのが、驚くことに1987年になってからなのである。内皮由来弛緩因子(EDRF: Endothelium-derived relaxing factor)として最初に発見されたNOはその後、筋や血管の収縮弛緩及び脳などでの神経伝達物質としても作用していることが解明された。科学者ノーベルの偉大な発明の一つであるニトログリセリンも、それまで詳細な作用メカニズムは不明だったが、このNOの発見によりニトログリセリンがNOを発生することで薬効が発現することがわかった。さらに、このNOは今流行のバイアグラとも通じるところがある。先日バイアグラは薬理的にはフォスフォジエステラーゼの阻害剤であることを述べたが、このフォスフォジエステラーゼ、NOの代謝酵素として働く。つまりNOをなくすために存在する(勿論他の作用もあるが)。バイアグラはこの代謝を抑制することで生体内のNOを減少させないようにし、そのNOの作用で勃起を促すというわけである。
 ところで、今回の受賞者はR.Furchgott、L.Ignarro、F.Murad(敬称略)の3人であった。このメンバーを見て実は自分は不思議に思った。というのも、以前このNOについてはDrug Deliveryの立場から調査したことがあり、キーとなる科学者はその後もマークしていたからである。一人足らないのである。University College of LondonのS. Moncadaである。先ほども述べた『EDRF=NO』を世界で初めて仮説した(Nature誌掲載)のは、かのMoncadaである。この発表を受けて、今回受賞の3人が以後精力的に研究を行い、様々な画期的発見をして今回に至った。つまり彼の発見なしには3人の研究は始まらなかったはずである。しかし、ノーベル賞の受賞者は最大3名までという規則があった。結果、論文による貢献度でMoncadaは受賞できなかったというのが真相らしい。近年のノーベル賞レベルの研究は一概に少数の研究者でなされることは少ない。数え切れないほどの研究者が少しずつ全体のFrameworkに貢献しているのである。その貢献度の差ゆえ、今回のような少し悲しい結果を生じる。かのMoncadaは公式にも不平を表わしていないという。ノーベル賞という、研究者にとってこれ以上ない賞だけに内心は悔しかったことと想像する。ノーベル賞ほど立派なものではないが、自分の身の回りにおいても、自分の成果を『年功序列』という枠組みの弊害で上司の博士号取得のために犠牲にした若い研究者を何人か知っている。またここアメリカでは、日本人研究者が行った実験結果を、自分がまとめたというだけでTop Authorとして発表するボスもいる。いずれも政治的権力がモノをいうわけだが、それが当り前になると若い研究者の活力がそがれることは間違いがないだろう。3人の受賞者のうちの一人Muradはこの背景を残念に思いながらも、この背景が若い研究者に与える影響を危惧して、こう言ったとある。『The most important thing we all can do is to look after young scientists and encourage them. [We shouldn't] turn them off with dirty laudry.』。この言葉が強者の論理でないことだけを願う。

(December 14 , 1998)
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