Pharmaceutical Journal 

Scientific Misconduct

 遺伝子治療の話である。薬学領域での最先端研究の一つと言えよう。日本ではまだまだではあるが、アメリカでは臨床治験もそこそこ行われている。しかし先日、ピッツバーグ大学を中心に行われていた遺伝性オルチニン欠乏症に対する臨床治験中に患者が死亡するという事件が起きてしまった。抗癌剤の治験などで患者が死亡するケースは聞いたことがあるが、おそらく遺伝子治療では初めての死亡例ではないだろうか?正規の承認を得て治験が行われ、インフォームドコンセントがされている以上、患者が死亡しても研究施行者には大きな問題はふりかからない。しかしながら今回の場合、その後の調査で、前臨床段階のサルでの実験でも死亡していた事実やその前に参加した患者において深刻な副作用が観察されている事実を、研究施行者がFDA(食品医薬品局)に報告していなかった事実が判明した。さらに、死亡した患者の健康状態も適切でなく、実験を強行した疑いも持たれていると言う。現在もまだ、直接の死亡原因が注入したアデノウイルスによるかどうかははっきりしていない。
 この遺伝子治療、遺伝子が原因とされる疾患を対象の治療法であり、つまりは『疾患が遺伝子の欠損や変質によって引き起こされる』と確定された疾患にのみ適用される。科学の進んだ現在でも、適用できると確定されている疾患は少なく、しかも大抵は患者数も少ないため、ビジネスの領域では興味をひかなかった。たとえば喘息にしても、糖尿病にしても、その関与は示唆されているものの、その絶対的な寄与はわかっていないのである。ところが現在、Human GenomeなるプロジェクトがNIH(National Institute of Health)を中心に進められている。このプロジェクト、ヒトの発生から成長、さらには死に至るまでをも規定している全遺伝子の解明を目的としており、ものすごい勢いで解明が進んでいる。このプロジェクトが達成されると、健常人の遺伝子の全容がわかるわけであり、患者の遺伝子と比較することにより、疾患と遺伝子の関係がとらえやすくなる、、ということになる。そうなると、このGenomeプロジェクトを踏まえた遺伝子治療の将来性に期待する企業も多く、その競争の先行的なあおりが今回の事件と考えてもよいかもしれない。
 ところで、実験動物や細胞を使った遺伝子治療の研究は大学の医学部や薬学部において非常に盛んだが、話が卒後の就職となると、途端に就職難になる。多くの製薬企業は自分たちの手を動かしているケースは少なく、大学やベンチャーの行う治験に資本参加して、成功した際の製造、販売権を獲得するというのがストラテジーだからである。したがって、一般的な知識は必要でも、実際手を動かした研究員は必要ないのである。遺伝子デリバリー研究をしていた知り合いの大学院生は言う、『アカデミアに興味ないのだったら、博士論文の研究に遺伝子デリバリーはむかないよ。』と。彼は卒業して2月がたつがまだ正式な職はオファーされていない。好調なアメリカでも現実は場合によっては厳しいのである。

(December 26, 1999)
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