Monologue on a Fine Day 

Precious Smile

 「ただいま!」という声とともに幼稚園の水色のスモッグを着てちょこちょこと近づいてくる。満面の笑みを浮かべて、「いいものみつけちゃった!」とポケットの中から差し出した小さな手の上には芋虫が2匹。「これね、紋白蝶になるんだよ!」。家族の誰もが本当に紋白蝶の幼虫かどうかもわからないまま、とりあえず彼女の主張に従い、飼うことにした。やがて芋虫はさなぎになり、微動だにしない緑色の物体と化した。そんなある日、夜の観察を終えた彼女は、布団に入る前に母親に言う。「あのね、きっと今晩だと思うの。だから起こしてね!」。かくして母親はさなぎとともに夜更かしを余儀なくされるのであった。そして真夜中、驚くことに必ずコトはおきるのである。そして見事に真っ白の紋白蝶が誕生する瞬間を家族全員で観察するのであった。思い起こせば、1回や2回ではなかった。後に聞くも、母親もどうして彼女だけにわかるのか解せなかった、とのことである。

 そんな彼女も小学校に上がったある晩、二段ベッドの上からしくしくと泣く声に気がついた。聞けば、「ひよこを殺してしまったかもしれない」と言う。はて、うちにはひよこなんて飼っていたかな?と思って彼女の枕元をみると、そこにはティッシュにくるまれた白い卵が、、。「卵にひびが入ったけど動かないから、手伝ってあげようと思ってすこしあけてあげたの。そしたら、本当に動かなくなっちゃった。死んじゃったのかなあ?」と涙声。孵化などという大事業をベッドサイドでするのも変だなと思いつつ、「この卵、どっから持ってきたの?」聞く。一言、『冷蔵庫!』。へ?ふきだしたいのをこらえつつ、とりあえず居間にいる母親に説明する。母親は大笑いをしながら、彼女に説明をする。「冷蔵庫の卵はひよこにはならないのよ。」。「でもひびが入ったし、動いたよ!」。きっと何かの拍子に、そうなっただけのことだろう。そして再び、彼女に安心の笑みがもどった。

 真っ白なウエディングドレスを身にまとい、親族控室で緊張のときを待つ彼女からはあのころの様子を想像することはできない。そこにはその瞬間を幸せいっぱいに感じている一人の大人の女性の姿があった。不思議なことだが、ちょっぴり寂しいような気もしてくる。そんな思いにとまどいながら、最高の時をおさめようとカメラをむけると、そこには、あの頃とまったく変わらない、小さな、でも満面の笑顔があった。兄からの唯一の願いである。その笑顔、忘れないで欲しい。

(December 15, 1999)
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