Monologue on a Fine Day 

"KIRIN Beer"

 それほど飲むのが好きでない自分になぜかあるこだわり。それが『KIRIN ビール』だった。スーパードライがはやっても、鶴田真由がCMにでようと、なぜか『KIRIN』だった。別にそれ以外は飲まない、などという頑固ではない。ただ『どれがいい?』と聞かれると『KIRINある?』と口にしてきたような気がする。当然であるが、ここRICでKIRINを探すのは難しい。そしてみつけた似た味のビール。それがサムアダムスである。ビール通の人には否定されるかもしれないが、自分には最も似た味に思えるのだから仕方がない。ボストン生まれのこのビール、昨年友人に教えてもらって、それ以来冷蔵庫にいつも入っている。さて、このこだわりはどこからきたのか?別に老舗嗜好でもないし、系列にいたこともない。家族で酒を飲むのはいないし、HPに広告費をもらっているわけでもない。接点はただ一つ。祖父である。幼少のころ、毎週のように遊びに行っていた母方の祖父は、ビールの味をただ苦いとしか感じない自分に、『このビールが一番好きだな。』と将棋を指しながら言ったものだ。当時の自分としては、その横の枝豆とかピーナッツの方が魅力的だったが、。この将棋、小学生だった自分では当然勝てるわけがない。角落ち、飛者落ち、銀落ち、いずれのハンデも通用しなかった。いいように遊ばれては最後においつめられるのである。酒が入れば酔いがまわって勝てるのでは、、などという淡い期待も、めっぽう酒に強い祖父が相手では通じなかった。そのうち、毎週遊びに行くということもできなくなり、祖父と将棋を指す機会も減っていった。それでもたまに遊びに行ったときの夕食で、一人嬉しそうにビールを飲む祖父を見て、『そんなにいいものか?』と思ったものである。そんな自分に、ついに勝つときが来た。しかもハンデなしで、、。それは高校に入ったころ。完璧なまでの詰め。会心の勝利だった。そのときも祖父は相変わらずキリンビールを飲んでいた。そしてビールの進み具合が遅くなることで、自分の窮地を現していた。投了のとき、『ついに負けてしまった。ほれ、祝いだ。』と笑顔でビールを差し出したことを覚えている。
 夕食を終え、テニスの心地よい疲れを感じながらサムアダムスとぼうっとしてたとき、一本の電話が祖父の死を知らせた。将棋ももう指すこともないだろう。そして、サムアダムスも教えてあげられなかった。。。

(October 14, 1998)
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