Taste of Graduate Life in US

 

September '98


   September 27, '98  Summer has comeback !      


 暑い。夕方の6時だというのに95F(35C)もある。先週まで半袖で日中歩くのも肌寒いくらいだったのに、、。南のほうではハリケーンジョージが猛威を奮っているそうな。すでにプエルトリコでは死者行方不明者が200人を超えたとか、、。そんなことを感じさせることもなくここRICの空は青く、そして暑いのだ。もうちょっと『夏、おしまい、ほい、秋だよ』ってならないものか、。もう秋分の日も過ぎたのだから。かくして早くも9月が終ってしまった。そう言えばせっかくお月見の絵にしたのに、お月見しなかったなあ!10月は何にしようかなあ〜〜!

   September 26, '98  ChatRoom Open !      


 さて、ついにチャットルームをオープンした。先にオープンしたゲストブックの様子から想像するに、ほとんど日本からの利用はなさそう(時間もまったく逆だしね)。自分にとってはHTMLの勉強にもなったので、「ためになった」というのが正直な感想。世の中、親切な人はいるもので、フリーでこういったプログラムを提供してくれたり、HTMLの解説などをどの本よりも詳しくしてくれたり、大変、感謝感謝なのである。かくして、少しはHPらしくなったと思うが、本業のほうは?って質問はしないでね、、。

   September 24, '98  GSA ChairBoard      


 大学院の学生で構成されているGSA(Graduate Student Associationの略)。今年もボードメンバーの選挙の季節がやってきた。活動といっても、授業に対する要望(出席の規定)とかStipendの支払に関することなどをファカルティーと話をしたり、時には遠足やピクニックを企画したりと、さほど大きな役目はない。かくしてその選挙である。誰かがノミネートをして、それに賛同する者が挙手をする。過半数を超えたところで決まり。みんな毎日会っている友人だし、ほとんどなれあい。で、結局副議長(Vice President)となった。というよりも自分ともう一人以外に議長を勤めることができないので、来年は交替するという約束で。かくして、1個役目が増えたが、毎日にほとんど影響はしまい。はじめの行事はブッシュガーデンへの遠足だそうな。。

   September 18, '98  A presidential crisis, Part II      


 ビルちゃんのその後。ニクソン前大統領が偽証を理由にその地位を追われたことを意識してか、ビルちゃんは偽証(Perjury)をしていないことを全面にかのレポートに対抗しているようである。一方、国民の大統領支持率が一気に14%も落ちたらしい。まさにピンチ、ビルちゃんである。。。この話、実はモニカちゃんだけにとどまらず、ポーラちゃんのコトにも飛び火するのは間違いない。。そんなことをよそに、今日も大学は何事もなかったように、とんとんとすぎていく。。やっぱり無関心なのか。。廊下でアメリカ人の教授と話をしていたとき、『どう思うの?』と聞いてみた。すると彼、『それより来週の引っ越しの方が頭がいたいよ!』だって。みんな毎日生きるのに一生懸命なのね、、。

   September 13, '98  A presidential crisis      


 その日のテレビと新聞はそのことでもちきりだった。ビルちゃんとルインスキーちゃんの詳細すぎるレポートが掲載されたからだ。その内容はすごかった。その辺りのアダルト小説よりも詳しく、全米で『子供に読ませてはいけない』と言うのも十分納得できる。はたしてこれだけの情報をアメリカ国民が必要としているか、については、NBCのスペシャル特番が報じたように『必要ない』というのが本音だろう。しかし自分が何よりも驚いたことに、大方が『ヒラリーは二人でこの危機を乗り越える努力をするだろう』と予想していることである。これだけのことをしたクリントンにおいても、政治的手腕を評価すべきの声はまだ根強くある。一方で辞任すべきという国民もクリントンの後を担うであろうゴアに?マークを否定できていない。まだ政治を理解するまでには至っていない自分だが、どうやらこの国、政治的手腕と人としての倫理はかけはなすことになれているようである。少なくとも日本よりは、、。いいのか、悪いのか、まだわからない、、。

   September 8, '98  As an interpreter      


 突然ラボに学部長がやってきた。今晩予定はあるか?と聞く。詳しく聞いてみると日本の企業と臨床試験を進めているが、その夕食に同席して欲しいと言う。『なんで?』と思ってさらに聞くと、昼の打ち合わせのときに話が全然通じなかったのだと言う。ようするに通訳ね、、と思いながら、夕食代がういた、しめしめと請け負う。<この際実力は選んだ方の責任。いざ食事に行ってみると、確かに学部長の言うように、かなりコミュニケーションが難しい相手であることがわかった。英語の問題も多少はあるのだが、なによりもその態度にである。彼らの英語の実力から当然わかるであろう学部長の言葉にも一切答えようとしないのである。反応がないのでは学部長もお手あげなのである。もう少しましな奴はいなかったんかい!と思うくらい。こうなると日本人とかアメリカ人ということをぬきに、ヒトとして失礼である。よく製品は国際化していても人間は、、という苦言をそんなこともないと思うけど、、と否定してきた自分だけにこのことは改められた思いがした。食事が終って、学部長が『まさに僕の知っている日本人はあれだけど、ヒロはどこでアメリカ人になっちゃったの?』と聞いた。僕には"I am a still Japanese, very typical, I believe."そう答えるのが精一杯だった。日本人だもん、やっぱり。。

   September 7, '98  Horse race      


 今日は秋競馬の初日。密かに渡米前に凝っていた競馬熱が最近のfinantial crisisにけり出されてまたでてきてしまった。Colonial Downsという競馬場で日本で言うならばいわば地方競馬。行ったところ、夏休み最終の連休ということもありちょ〜混んでいた。それでも日本の秋の府中や立川の場外馬券売り場よりも人はいない。各レースともゴールする馬を一番前で見ることができる、はじめてサラブレットの走る音を直に聞いた。かける金額がせいぜい$5程度なのだから、返ってくる額もたかがしれている。結局4レースやって$16をかけて、$13受け取った。$3の損である。でもかけ方もわかったし、場外馬券場が近くにあることもわかったし、来週からはもうちょっとがんばろう、、、。しかし、今日のレースは固かった(^^;

   September 1, '98  A sort of busy month      


 9月になった。大学では新学期も始まりいきなりビル内の人口が3倍増である。教授陣も終ってしまった夏休みを惜しみながらも勢ぞろいである。自分は、というと今月は日本から来客が2組ほどあり、比較的忙しくなる。しかし、こういう忙しさはいいものである(実験とか論文とかの忙しさはありがたくないけど)。日頃一人でいることに慣れている自分だが、来客が来て帰るたびに、ほんの少し寂しいような不思議な気持ちになる。滞在中の楽しいひとときがクローズアップされて、しんと静まりかえった部屋を見渡してそう思うのだろうか?しかしこれも1週間もすれば、何事もなかったかのように毎日が過ぎていくのである。彼らにとっての非日常であるアメリカが自分にとっての日常であり、彼らにとって退屈なだけかもしれない日常の日本を懐かしく思ってしまう自分なのである。でもそれがあるからこそ、アメリカのよさ、日本のよさがわかるのかもしれない。2組の来客を通して、また自分の生まれた日本のよさを感じることにしよう。


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